
スピリチュアルヒーラーMariko
和歌山県出身・東京都在住。
スピリチュアルに否定的だった10〜20代を経て、38歳でヒーリングに出会い、「これが自分の進む道」と直感してヒーラーになる道を選択。
現在はマルチプルアバンダンス・マイティピュリフィア・シータヒーリングの認定インストラクター。
「人生の目的を達成してより良く生きる」ことを全力でサポートします。
目に見えないヒーリングを、分かりやすい言葉で論理的に解説する力に定評があり、多くのクライアントさんからリピートしていただいています。
家族は夫と3人の息子たち。
趣味は40代後半になってから突然始めた筋トレとヴァイオリン。
サイトにご訪問いただきありがとうございます。
私自身のこれまでの人生を、ここで語ってみようと思います。ちょっと長くなりますが、よかったらお付き合いください。
幼少期からずっと感じてきた「生きづらさ」
ヒーラーとは、サイキック能力(超感覚とか霊能力とか言われるもの)を使って自分や他人を癒す仕事なので、「真理子さんは昔からそういう能力があったのですか?」と聞かれることがありますが、私自身は、生まれながらのサイキックと思っていません。
38歳でヒーラーとして生きることを決めて以降、サイキック能力を磨いてきました。
ただ、子どもの頃から勘が鋭くて敏感なところがあり、共感性が異常に高い子供でした。真面目で、正義感も強かったのを覚えています。
そんな私はずっと「生きづらさ」を感じていました。
- おかしい・納得できない、と思うことがあると、それをうまく飲み込むことができない。
- 自分の思ったままに発言したり行動したりすると、まわりから浮いてしまう。
- ほかの人が感じている感情が、自分の中に流れ込んできてしまう。他人の不幸が自分の不幸のように感じてしまい、それを自分のせいだと責めてしまう。
そんな子どもでした。
ありのままに振る舞うとまわりから浮いてしまうので、「どうすればまわりとうまくやれるのか?」を追求するようになりました。
いつも寂しさと孤独感を抱えていたので、一生懸命空気を読んで、分かってもらおうと気持ちを表現するのですがうまくいかず、いつからか「人間関係では傷つくのが当たり前」と思うようになりました。
大人になる頃には、「私は誰にも分かってもらえない」と強く信じていましたし、逆に「世界でたった一人でも私を分かってくれる人が現れたら、もうそこで私の人生は終わっていい」とさえ思うようになっていました。
勉強は得意だったし好きだったので、受験勉強や就職活動をがんばっていわゆる「いい大学」「いい会社」と呼ばれるところに進みましたが、そういった世の中的な高評価や好条件では私は満たされることがなく、むしろ周囲の期待がプレッシャーになって、20代の半ばで私はうつ病を発症しました。
幼い頃から抱えてきた孤独感や生きづらさが、病気になってあらわれたのです。
宗教に囲まれて育ったから、スピリチュアルが嫌だった
うつ病と診断されてから、投薬治療と並行して臨床心理士のカウンセリングを受けたりしましたが、結局、第一志望で入社したはずの会社も長期休業ののち退社しました。
これからどう生きていけばいいんだろうと模索するうち、自分自身も心理カウンセリングを学んでみようと思うようになりました。
このとき、ヒーリングやスピリチュアルで癒そうとは、一瞬たりとも思わなかったのです。それは、私の生育環境が原因です。
私の実家はすこし特殊で、複数の新興宗教が混在している家でした。大人たちそれぞれが、自分が信仰する宗教を持っていて、それぞれ口々に「感謝の心が大事」だとか「人に親切にしなさい」などと、似たようなことを言っていたのです。
なのに、それを言っている本人たちは不平不満を抱えていたし、家の中はいつも不協和音に満ちていました。
むしろ、宗教のせいで、家の中がこんなおかしなことになってるんじゃないか?と思っていました。
宗教に心底うんざりしていた私は、宗教に近そうなスピリチュアルには近づきたくなかったのです。それらをすべて「まやかし」だと思っていたので。
だから、私の生きづらさを解決するためには、できるだけロジカルに、なにか科学的・学術的な方法でアプローチしたいと思っていました。
ヒーリングと出会った瞬間に「これが私の進む道」と思った
20代半ば以降、心理カウンセリングや各種セラピーなど、次々と興味のひかれるものに手を出していきましたが、どれもこれも「なるほど」とは思うものの、いまいち、「これこそが私の悩みを解決してくれるものだ」とは思えませんでした。
というのも、
- なぜ、こんなに生きづらいのか。自分は他人とどう違うのか。
- そもそも、生きるって何なのか。何のために私は生きているのか。
- いったい真実はどこにあるのか。どうすれば真実の答えが見つかるのか。
そのような、幼い頃からずっと抱えている「問い」に、真正面から答えてくれるものが見つからなかったからです。
「そんな難しいことを考えず、とにかく毎日を楽しく生きればいい」と周りからは言われるのですが、そして、確かにそれはその通りなのですが、私はどうしても「なぜ?」と問わずにはいられないのです。
肉体的にも、成人性アトピーを発症して苦しんだり、月に数回は倒れて仕事に行けなくなったり、さらには、子供が生まれてからは育児ノイローゼになったり…と、あいかわらず「生きづらさ」に苦しみ続けていました。
なにかを頑張りすぎると倒れるし、かといって達成感や充実感を得られるわけではなく、孤独感も癒えないままでした。
そんなとき、たまたま出会ったのがヒーリングでした。
古くからの友人にヒーリングセッションをしてもらう機会があり、そのセッションが終わる頃には、「これが私の進む道!」という直感を得ていました。
そのセッションでは、私が何十年も抱えていた生きづらさが私の思い込みに由来するもので、それは瞬時に書き換えることができると教えてもらいました。
そして、私が私の人生のみならず、親やご先祖様など、多くの人たちの人生までもを引き受けて背負おうとしていること、それがうまくできなくて苦しんでいることも指摘してもらい、その思い込みや苦しみを解放してもらいました。
東京と大阪という遠く離れた遠隔で、オンラインでしゃべっているだけなのに、私の体からどんどん重いものがスゥッと抜けていき、心の底から、そして体全部で「癒されていく」という感覚を得ていました。
スピリチュアルとは、真実を探究する道である
「これ!と思ったものには異様な集中力を発揮する」のが私の特性なのですが、ヒーリングに出会ってからは、ヒーリングに一心不乱に向かっていきました。
友人からのセッション後、すぐにセミナーを受講してプラクティショナー(施術者)資格を獲得し、その6ヶ月後には、ヒーリングを教えるためのインストラクター資格も得ていました。
毎日毎日、自分の中のネガティブな思い込みと、それにまつわる記憶や傷に向き合って、それらを自分で癒すこと(セルフヒーリング)をおこない続けました。
そして、プラクティショナー(施術者)資格を得てすぐにセッションの提供も始めるようになり、インストラクター資格も得てすぐにセミナーを開催するなど、ヒーリングにはじめて出会ってからヒーラーと名乗るようになるまでは、あっという間でした。
なぜ私がヒーリングにこんなに夢中になったのか?
それは、「ヒーリングとは、真実に向かう道そのものだ」、と確信したからです。
ヒーリングは、「大いなる源(みなもと)のエネルギー」に繋がるのですが、